今後の脱炭素社会を実現するための主要な施策のひとつが水素社会の実現である。
例えば、水素は燃焼してもCO2を排出しないため、水素燃焼による発電、水素エンジン、ジェット機などへの適用、また燃料電池への適用、そしてメタネーションやe-fuelなどのような燃料の合成への適用などが検討、実証されている。
これらに必要となるのが、再生可能エネルギーにより製造される、グリーン水素であるが、これがなかなか進んでいないのが実情であり、その主な理由の一つが、グリーン水素は主に水の電気分解により製造されるため、水素を作って利用するより電気を直接使った方が効率がよいということがある。
これに対して、例えば国内には水源としての水力発電の適地ではありながら、系統連系が困難なため水力発電所の建設が困難な地域がたくさんあり、このような地点でグリーン水素を製造して供給するという案がある。
実際にこのような事例の設備がいくつか作られており、例えば、環境省の実証事業として、北海道白糠町の庶路ダム(多目的ダム)の維持流量を利用した小水力発電所(出力200kW)を設置し、この発生電力を使って水の電気分解によりグリーン水素を製造して白糠町に供給してFCV(燃料電池車)の燃料や酪農施設や福利厚生設備へ電力や温水を供給する燃料電池の燃料として利用する事業が実施されており、平成30年より運用が開始されている。
また鹿児島県屋久島では、島内の電力のほぼすべてを水力で発電しており、その電力を使った水素製造設備を設置している。これは2004年に実施された「屋久島ゼロエミッションプロジェクト」にて実施されたものであり、現在は「水力発電と水素の島、屋久島」を目指した島内の脱炭素化社会の実現のための水素の適用方法が検討されている。
その他、長野県企業局は長野県内の川中島水素ステーションに水力発電の電力と川中島の地下水を活用したグリーン水素を製造する設備を設置し、県所有のFCVに水素を供給し、また余剰電力を水素に変換することで長期貯蔵を可能にする実証を実施している。
上記のような事例はあるものの、水力発電による水素製造の事例がなかなか増えないのが実情のようである。
これの大きな要因の一つがやはり水素製造コストであろう。水力発電のランニングコストは低いが、水力発電で水素を製造するためには、発電設備以外に水素を製造、圧縮、輸送、貯蔵するための設備が必要であり、これらの初期コストが大きくなり、採算が取れる水素を製造することは現状難しいのが実情のようである。
また、水素を使える機器に関して、車としてはFCVが市販されているものの、例えば市販の燃料電池は水素ではなくガスを使っており、現状では水素を直接使える機器がそれほど流通していないのも水素製造が拡大しない要因と思われる。
但し、冒頭に記載したように、今後グリーン水素が必要になることは確かだと思われるため、今後の水素製造コストの低減と水素適用機器の流通拡大につれて、水力発電による水素製造は増えて行くことが見込まれる。
【参考文献】