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バイオマス活用における注目技術・要素⑤
-紙の100倍以上の高熱伝導性を有する木質バイオマス素材-

バイオマスとは、生物資源(bio)の量(mass)を示す概念であり、「動植物に由来する有機物である資源(化石資源を除く。)」であり、大気中の二酸化炭素を増加させない「カーボンニュートラル」と呼ばれる特性を有している。バイオマスを製品やエネルギーとして活用していくことは、農山漁村の活性化や地球温暖化の防止、循環型社会の形成といった我が国の抱える課題の解決に寄与するものであり、その活用の推進を加速化することが強く求められている。(農林水産省令和4年2月の「バイオマスの活用を巡る状況」より)

一方ご存知のように、政府発表では、「2050年カーボンニュートラル(2020年10月表明)」、「2030年度に2013年度比46%削減、更に50%の高みを目指す(2021年4月表明)」の実現に向けた道筋を示すことが重要テーマとして挙げられ、具体的には、2030年度エネルギー需給見通しとして、野心的目標で再エネの電源構成は36~38%(3,360~3,530億kWh)とされている。さらに、再エネの一翼を担うバイオマス発電は第5次エネルギー基本計画の3.7~4.6%(394~490億kWh)から、5%(470億kWh)への目標が掲げられている。さらに、バイオマス発電は太陽光発電や風力発電のように気象条件に左右されることはなく、再生可能エネルギー・慣性力・安定電源の観点でメリットがある。

今回、東京大学大学院工学系研究科の塩見淳一郎教授、東京都立産業技術高等専門学校の工藤正樹准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の齋藤継之教授、スウェーデン王立工科大学のLundell Fredrik教授、Söderberg Daniel教授らの研究グループは、木質バイオマスから得られるバイオ系ナノ材料であるCNF(注1)を流体プロセスによって分子スケールで配向させながら酸を用いて固めた糸材が、セルロースナノペーパーなどの高熱伝導性を有する先端木質バイオマスの5倍以上、紙など従来の木質バイオマスの100倍以上の高熱伝導性を示すことを発見された*1との発表があったので、簡単に紹介いたします。

発表された研究によると、以下のように紹介されている。従来の木質バイオマスと比べて飛躍的に熱伝導率の高い素材(CNF糸)を構築する技術を発見できたことから、放熱性能を要求される高分子材料の代替材としての応用展開、例えばフレキシブルプリント基板への応用が図れることが期待される。ただし、プロセスの最適化等課題も多く、今後の研究成果に大いに期待したい。

<<発表内容>>

<発表概要(抜粋)>

これまでCNFはその集合体や複合材からなるバルクCNF材を利用した製品に活用されてきました。その多くが、CNFの高い引っ張りやチクソ性(注2)を活かした包装やボールペンなどの機械的特性を利用したものです。一方で、元来CNFには分子スケールの構造を通じた物性制御が可能という利点があることを考えると、より多様で付加価値の高い物性を発現するポテンシャルがあります。

本研究グループはCNFの水分散液をフローフォーカシング流路(図1a、注3)に注入しCNFを高度に配向させたのち、流路に別途注入した酸を用いて固めて自然乾燥することでCNF糸を作製しました。さらにT型熱伝導率計測法(図2a、注4)を用いてCNF糸の熱伝導率を測定しました。その結果、特定の酸を用いた糸では熱伝導率が14.5(W/m·K)に達することを発見しました。加えて、CNFの配向度(注5)が一定のレベルに達している条件において、CNF間を繋ぐ水素結合(注6)が多く、残留応力(注7)によって生じるCNF内の構造不秩序性が低い方が、高い熱伝導率が得られることを明らかにしました。

木質バイオマスは熱伝導率の低さからこれまでは断熱材などに用いられてきましたが、従来の木質バイオマスと比べて飛躍的に熱伝導率の高い素材(CNF糸)を構築する技術を発見できたことで、今後は放熱性能を要求される高分子材料の代替材としての応用が期待されます。

図1 CNF糸の製造方法とCNF糸について。
図1 CNF糸の製造方法とCNF糸について。
(a) フローフォーカシング流路の概略図、
(b) 自然乾燥させたCNF糸の断面写真(走査型電子顕微鏡で撮影)。
図2 CNF糸の熱伝導率の計測手法とその測定結果について。
図2 CNF糸の熱伝導率の計測手法とその測定結果について。
(a) T型熱伝導率計測法の概略図、
(b) CNF糸の熱伝導率と糸の直径の関係。

<今後の展開>

木質バイオマスは熱伝導率の低さからこれまでは断熱材などに用いられてきましたが、従来の木質バイオマスと比べて飛躍的に熱伝導率の高い素材(CNF糸)を見出すことができたため、今後は放熱性能を要求される高分子材料の代替材へのCNF糸の活用が期待できます。例えば候補の1つとしてフレキシブルプリント基板があります。ロボットやスマートデバイスに用いられており、これらの普及とともに需要が高まっています。従来のフレキシブルプリント基板にはポリイミド等の高分子材料が用いられていますが、これらは再生処理が難しく、環境負荷が高いという問題があります。CNFの有するカーボンニュートラル性や高強度、低熱膨張といった既知の特性を活用し、かつCNF糸の有する高熱伝導性を通して高放熱性能を有するプリント基板を開発し、環境負荷の高い高分子材料を代替することで環境問題への貢献が期待できます。また、学術的には、木質バイオマスの熱伝導性を飛躍的に向上させ、かつそのメカニズムを特定したという本研究の成果は、他のバイオマス材料の熱伝導性を向上する際の1つの指針になると思われます。なお、本プロセスはまだ最適化されておらず、現在取り組んでいる流体プロセスを自動化し、さらに機械学習を交えて自律化するマテリアルズ・インフォマティクスによって、プロセスパラメータを最適化すれば、さらなる性能向上が期待できます。

  • 注1)セルロースナノファイバー(Cellulose Nano Fiber, CNF)
    主に木などの植物から得られ、数十本のセルロース分子が配列して束になった結晶構造から構成される物質。
  • 注2)チクソ性
    応力を印加すると粘度が低下する性質。
  • 注3)フローフォーカシング流路
    液体に分散した高分子を縮流により配向させる二次元の微小流路。
  • 注4)T型熱伝導率計測法
    直径がマイクロメートルスケールで絶縁性を有する棒状物質の熱伝導率を計測する手法。
  • 注5)配向度
    結晶性物質が特定の軸方向にそろった度合い。
  • 注6)水素結合
    電気陰性度の高い「ドナー」原子または基に共有結合している水素原子と、単独電子対を持つ電気陰性度の高い原子(水素結合受容体)との間の、主に静電気的な引力のこと。
  • 注7)残留応力
    物体に作用する外力や拘束がないのに物体内に生じている応力(単位面積あたりの力)のこと。

【参考資料】

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