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第9回 解説記事:テーマ「需要側機器の視点からみた第7次エネルギー基本計画~再エネ主力電源化とGXを支える分散リソースの新展開~」
第1章 エネルギー転換の潮流と第7次エネ基の方向性
第7次エネルギー基本計画の議論が進む中で、日本のエネルギー政策は大きな転換点を迎えています。これまでの供給側中心の構造から、需要側の主体的な参画を前提とした「需給協調型エネルギーシステム」への移行が明確に打ち出されつつあります。背景には、再生可能エネルギーの大量導入による電力の変動性拡大、脱炭素化の加速、そしてGX(グリーントランスフォーメーション)による経済成長と環境調和の両立という課題があります。これまでのエネルギー政策では、発電所や送配電ネットワークなど供給側の整備が中心でした。しかし、再エネが主力電源となる時代には、需要側の柔軟性を引き出し、電力の需給バランスを市場メカニズムの中で動的に調整することが不可欠になります。図1に示すように、アグリゲーターを介し、家庭や産業の電化、蓄電、デマンドレスポンス(DR)など、需要側リソースが「見えない発電所」として系統を支える時代が始まっています。
![]() 図1 DR実施イメージ
出典:経済産業省 資源エネルギー庁 ,「ディマンド・リスポンスの活用で広がる、電力需給調整の新ビジネス」, 2022.12 をもとに作成 |
このような背景のもと、第7次エネ基では「再エネ主力電源化を支える分散型リソースの最大活用」と「需要側のGX推進力化」が重要な柱として位置づけられています。すなわち、エネルギーを消費する立場から、供給を担う主体へと需要側の役割が拡張しつつあるのです。
第2章 需要側機器の技術革新とエネルギー利用の高度化
需要側機器の技術進化は目覚ましいものがあります。ヒートポンプ、電気自動車(EV)、蓄電池といった機器は、単なる省エネ機器ではなく、エネルギーシステム全体の柔軟性を高めるインテリジェントなリソースへと進化しています。
ヒートポンプは、電力で大気や水の熱を汲み上げる高効率な熱変換機器であり、従来のガス・石油ボイラーと比べてCO₂排出を大幅に削減できます。特に近年は、蓄熱機能と組み合わせた運用により、再エネ電力の余剰時間帯に稼働をシフトする「蓄熱デマンドレスポンス(DR)」が注目されています。これにより、熱と電力の融合(Power-to-Heat)が現実的な制御手段として機能し始めています。
EVもまた、移動手段からエネルギーリソースへと役割を広げています。V2H(Vehicle to Home)やV2G(Vehicle to Grid)といった双方向給電技術により、EVが家庭や地域電力網に電力を供給し、系統安定化に寄与する実証が国内外で進められています。EVの普及は、モビリティ電化の進展に加え、分散型蓄電池としての新たな価値を創出しているのです。
また、図2に示すように、これらの需要機器を組み合わせ、バーチャルパワープラント(VPP)という分散したエネルギーリソースをIoTなどのデジタル技術で統合・制御し、あたかも一つの大規模な発電所のように機能させる取り組みが進んでいます。
![]() 図2 VPPイメージ
出典:経済産業省 ,「次世代電力システムを支える新技術」, 2018.01 をもとに作成 |
さらに、蓄電池やEMS(エネルギーマネジメントシステム)の発展により、家庭・オフィス・工場といった多様な機器を最適に制御できる環境が整いつつあります。AIやIoTによるデータ解析・自動制御が進み、機器単位の最適化から地域全体の需給最適化へとステージが拡大しています。
第3章 セクターカップリングと水素利用によるシステム統合
再エネ主力電源化を支えるもう一つの重要な要素が、電力・熱・モビリティを統合的に運用する「セクターカップリング(Sector Coupling)」の考え方です。これにより、電力だけでなく、熱・燃料・水素といったエネルギー形態を連携させ、全体として効率的かつ安定的なエネルギー利用を実現できます。
特に水素は、再エネ電力の変動を吸収し、長期的にエネルギーを貯蔵・輸送できる手段として注目されています。再エネ由来の電力を用いて水を電気分解し、水素として貯蔵するPower-to-Gas(P2G)技術は、将来的な系統安定化の切り札となり得ます。製造した水素は、家庭用燃料電池(エネファーム)や産業用ボイラー、燃料電池車(FCV)などで再利用でき、電力・熱・モビリティを結ぶ「エネルギーのハブ」として機能します。図3は水素等の具体的な供給源及び需要先を示しており、水素活用における利活用の多様性を示しています。
![]() 図3 水素等の供給源及び需要先
出典:経済産業省 資源エネルギー庁 ,「目前に迫る水素社会の実現に向けて」, 2024.9 をもとに作成 |
欧州ではすでに、ドイツのPower-to-Xプロジェクトや北欧諸国のグリーン水素政策が進展しており、日本でもこれらを参考に、水素・ヒートポンプ・蓄電池を組み合わせた地域エネルギーシステムの実証が始まっています。セクターカップリングの進展は、エネルギーの効率化と同時に、地域エネルギーの自立や脱炭素社会の実現を後押しする重要な動きです。
第4章 需要側リソースの市場参入と制度設計の課題
技術が進化する一方で、それを社会実装するためには制度と市場の整備が不可欠です。第7次エネ基の中でも、需給調整市場における需要側リソースの活用が焦点となっています。需要側リソースの市場参入を支えるのが「アグリゲーター」と呼ばれる事業者です。アグリゲーターは、家庭・工場・商業施設など多数の需要家を束ね、蓄電池やヒートポンプ、EVを統合制御して電力市場に調整力を提供します。これにより、従来は受動的だった需要家が、エネルギー取引に積極的に参加することが可能になります。
しかし現状では、制度的な課題も少なくありません。アグリゲーターの責任範囲、通信標準の整備、サイバーセキュリティやデータプライバシー保護など、ルール面の整備が進行中です。また、需要側リソースの「経済的価値」をどのように市場で反映させるかも重要な論点です。価格シグナル設計や動的料金制度、カーボンプライシングなどを通じて、需要側の柔軟性を適切に評価・報酬する仕組みが求められます。図4では、政府が主導する成長志向型カーボンプライシング構想を示しています。これは、炭素排出に価格を付ける制度であり、企業の脱炭素投資を促進しつつ経済成長と両立することを目的としています。このように、制度と市場設計の進化は、技術革新と並んで需要側活用の推進力となります。
図4 成長志向型カーボンプライシング構想
出典:経済産業省 資源エネルギー庁 ,「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」, 2025.4 をもとに作成 |
今後、変動性再エネの導入量がさらに増加することに伴い、調整力の必要量や系統混雑の発生が増加することが想定されます。こうした状況の中、系統制約を考慮した上で、供給力と調整力を同時に約定することにより、調整力の調達および電源運用を最適化する「同時市場」の導入に向けて、本格的に検討を深めていく必要があります。
第5章 分散協調型エネルギー社会への展望
今後の日本のエネルギーシステムは、「分散協調型」への進化が鍵を握ります。地域単位で再エネを活用し、需要側機器を柔軟に制御することで、エネルギーの自給自足と系統安定を両立する社会が見えてきます。地域新電力や自治体主導のエネルギー事業においては、ヒートポンプや蓄電池、EVを組み合わせた地域
エネルギーマネジメント(地域EMS)が普及しつつあります。災害時には分散リソースがバックアップ電源として機能し、平時には再エネの有効利用を支える。こうした地域分散型モデルは、エネルギーの脱炭素化だけでなく、地域経済の活性化にも寄与します。また、GXの推進には国民一人ひとりの行動変容も欠かせません。家庭がエネルギー市場の一員となり、自らの機器を通じて再エネの活用や需給調整に貢献する社会は、かつての「消費者中心型エネルギー社会」から「参加・協調型エネルギー社会」への転換を意味します。
需要側機器の高度化と制度整備が進めば、日本はエネルギーの安定供給・脱炭素化・経済成長を同時に実現する持続可能な社会へと近づきます。第7次エネ基が目指す「再エネ主力電源化とGXの両立」は、まさにこうした分散協調の未来像の上に築かれていくと考えられます。


